水子地蔵には違いがある?寺院での水子供養の仕方も解説

  • 投稿日:2019/06/17
  • 更新日:2019/06/17
水子地蔵には違いがある?寺院での水子供養の仕方も解説

授かったお子さんが流産してしまったり、あるいはいろいろな事情で中絶してしまうと、その子の供養はどのようにすればいいのでしょうか。
その時に行うのが水子供養であり、お参りする対象が水子地蔵です。

今回の記事では、水子供養とその対象である水子地蔵について徹底的に意味と種類を解説します。

水子とは

最初に「水子」とはいったいどのような赤ちゃんを指すのかという点の解説です。

本来「水子」は「すいじ」と読んで、生後間もない赤ちゃんのことを指しています。
赤ちゃんは生まれた当初は肉体も魂もまだ「人間」として確立していない、不安定な存在なので流れていく「水」という当てて「水子」というのです。

しかしいつの時代からか、水子を生まれた赤ちゃんのことではなく、流産または人工中絶によって亡くなった胎児のことを指し「みずこ」と読むようになりました。
現在「水子」と言えば、そのような赤ちゃんのことを言う場合がほとんどです。

江戸時代を含めいわゆる流れてしまったほうの「水子」は多数存在しましたが、特にその魂の行方について心配する風習はありませんでした。
人間の魂はあくまで生まれてから7日たった以降しか宿らないと考えられていたためです。

しかし1970年代頃から水子にも魂があるということが広がり、かつ水子の魂は成仏できずに迷っているという考え方が生まれてきました。
その考えを広めたのは、主に占い師などです。

彼らが水子の魂は成仏できずに迷っている間、自分を生むことをしなかった母体に対して、生んでくれなかったことを恨んで、祟るというようなことを言い始め、その祟りを防ぐためには供養をする必要があるということになったのです。

つまり水子、水子の祟り、あるいは水子の供養は、仏教などの教義を背景にしているわけで全くなく、比較的新しい概念のわけです。
ですから、仮に赤ちゃんを中絶したり、心ならずも流産してしまった場合でも本来はその赤ちゃんの魂は迷ったりせず、ましてや祟ることもあり得ないわけです。
もしも水子供養をしなければ大変なことになると脅かす霊能者や宗教施設があったら、それはこちらの心の弱みに付け込んだ悪徳商法だと言えるでしょう。

しかし本来生まれてくるはずだった赤ちゃんを、生まれる前に死なせてしまった、という後悔、心残り、罪悪感はどの女性にも宿るものです。
水子供養は、そのような女性の側の心の痛みを解消し、赤ちゃんへの贖罪を形にするものとしては、十分に意味があるものだと言えます。

水子地蔵とは

ではそのような水子を供養する時の対象となる「水子地蔵」とはどのような仏様なのでしょうか。

水子の霊を慰めるのが水子地蔵

水子供養というものが世間で言われるようになるまでは、子供は本来生まれて7日目になるまでは、いわゆる「神の子」であり、まだ人間社会に定着していない存在だとされていました。
生まれて7日目の、名前を授ける「お七夜」という行事はこの習俗を反映してのものです。
したがって、この7日までの間に不幸にして亡くなってしまった赤ちゃんは、1人前の人間ではなく、無縁仏として扱い、大人のようにはお葬式を行いませんでした。

しかし先ほど書いたように、生まれて来られなかった赤ちゃんにも魂があり、名前を付けて人間として扱いお葬式を行われないために、その魂が世の中をさまよって、場合によっては祟りという悪いことを行う、という考え方が広まったために、そのような魂を慰め、鎮めることをかなえてくれる仏様として水子地蔵というものが考え出されたのです。

本来地蔵尊は現世にいる人間が亡くなった後に無事に成仏できるように計らってくれる存在です。
その中でも特に子供を守ってくれる仏様だと考えられていました。

水子地蔵はその「子供を守る」働きを特に大きく扱って、水子供養専門の仏様として崇められるようになったのです。

水子地蔵の種類

では水子地蔵にどのような種類があるのでしょうか。

錫杖を手にしている地蔵尊

まず水子地蔵の中には錫杖という杖のような物を持った仏様がいます。
錫杖とは先端についている鈴を鳴らすことで、迷っている魂を救うことのできる仏具です。

ですから錫杖を持っている水子地蔵は、この世で成仏できないで迷っている赤ちゃんの魂を救ってくれる働きをするのです。

合掌している地蔵尊

また合掌している水子地蔵は水子の母親の代わりの子供を慈しんでいる慈母地蔵尊です。

合掌をしている水子地蔵はもともとは地蔵尊ではなく慈母観音菩薩で、母親が子供に注ぐ愛情のように深い慈愛心を持った菩薩です。

子供を抱いている地蔵尊

子供を抱いている水子地蔵は、別名を子安地蔵(こやすじぞう)とも言い、本来は妊婦の安産を守護してくれる地蔵尊です。
あるいは子供をなかなか授からない人のために、妊娠の計らいをしてくれる存在でもあります。

この働きから派生して、迷っている赤ちゃんの魂も救ってくれる計らいをしてくれるようになったのが、この地蔵尊です。

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水子供養の方法

では水子を供養する方法にはどのようなものがあるのでしょうか。

水子供養の方法は

水子供養の方法には「僧侶による読経」「戒名をつけ位牌を作る」「地蔵尊を奉納する」「地蔵尊にお参りする」「写経や写仏を行う」などがあります。
以下1つづ解説しましょう。

僧侶に読経してもらう

まず僧侶に読経してもらう方法は、水子供養の中でも丁寧なものです。
水子の霊を「人間」になった後で亡くなった霊と同様に扱って、読経によって成仏してもらうというのがその目的です。
僧侶に読経してもらいたい場合は、寺院に行って頼み、一般的な法要と同じようなことを行います。

水子に戒名をつけ位牌を作る

戒名とは本来、生まれて「人間」としての魂が宿った後亡くなった人に対して、あの世で使われる名前です。
逆に言えば、戒名をつけるということは、あの世で無事に成仏できたということを示しています。
したがって、水子にも戒名をつけることで、無事に成仏できるように導ける、という考えが生まれたのです。

また位牌はその戒名を彫り込み、魂があの世からお盆などとの時にこの世に戻ってくる依り代になります。
したがって、戒名をつけるだけではなく、その戒名を彫った位牌を作ることで、一層水子の魂を、一般の魂と同様に扱って、成仏を促すことにつながるわけです。

お寺に地蔵尊を奉納する

より丁寧に、そして確実に水子供養をしたい場合、石で作った地蔵尊をお寺に奉納するという方法があります。
お寺の側では、その地蔵尊にお経を捧げることで、より水子の魂の成仏を導いてくれます。

お寺の地蔵尊を参拝する

またすでにお寺に安置されている地蔵尊にお参りするというのも水子供養の方法です。
水子供養を行っている寺院の境内には、地蔵尊の石仏や金仏が祀られているので、その地蔵尊に手を合わせて、水子の成仏を祈るのです。

またお寺によっては供養者が名前を書いて奉納する「護摩木」なども置いてあるかもしれません。
護摩木に自分の名前を書いて奉納すると、お寺の側ではその護摩木を清らかな火で燃やして、成仏してもらいたい魂に届け、鎮めてくます。

あるいは護摩木の代わりに小さな石に名前を書いて奉納する場合もあります。

写経または写仏する

写経とは専用の紙に経文を書写することです。
水子供養に限らず、先祖や故人を供養する場合にも、また自分自身の精神を安らがせる場合にも行います。
写経をするということは、仏様の前で手を合わせる以上の供養の効果があります。

お寺に行って写経を行うことも、写経のセットをお寺から手に入れて自宅で書写することも可能です。

写仏とは経文を書写する写経に対して、仏画に描かれている仏様の姿を模写することです。
写仏は写経と同様に、亡くなった赤ちゃんの魂を鎮める働きがあります。

写仏もお寺で行うこともできますし、お寺から写仏セットを取り寄せて自宅で行うこともできます。

自分の宗派は問わない

キリスト教や神道には水子供養という考え方はありません。
しかしキリスト教徒でも自分の赤ちゃんが生まれる前に流れてしまった場合は、その魂を供養したいと思う場合も多いでしょう。
その場合は、自分がキリスト教徒でも宗教や宗派は問わずに水子供養を行っているお寺に依頼することは可能です。

水子供養のお供え物とは

では水子地蔵にお参りする場合、お供え物はどうしたらよいのでしょうか。

水子供養の際にお供えするにふさわしいものは、子供が好きそうなお菓子や、花、おもちゃ、ぬいぐるみなどです。
しかし高価なものは必要ありません。無理のない範囲で購入できるものを供えればそれで大丈夫です。

あるいは赤ちゃんが生まれた時のために、すでに肌着や産着などを購入していた場合は、それも供えると良いでしょう。

水子供養の持ち物は

基本的な持参物

水子供養の際に持参するものは、通常のお墓参りと同様に、線香や花になります。
事前に用意しても良いですし、水子供養をしているお寺で用意している場合もあります。

また僧侶に供養のための読経をしてもらう場合は、お布施を渡す必要があります。
お寺によってはお布施の額を明記しているところもありますが、そうでない場合はだいたい1万円~3万円がお布施の相場だと考えましょう。

お布施を渡す場合は裸の紙幣ではマナー違反になります。
正式には水引のついている不祝儀袋を用意して表に「御布施」と書き、その下に名前を記載します。
記入する名前は母親1人でも、あるいは父親との連名でもよいでしょう。

仮に不祝儀袋を用意できなかった場合でも、白い封筒にお金を入れるか、それさえも準備できない場合はお金をティッシュなどでくるんで渡すようにしましょう。

エコー写真を供養してくれるお寺も

お寺によっては赤ちゃんが胎児としてお腹の中にいる時に撮影したエコー写真を持っていくと、それを供養してくれる場合もあります。

父親も一緒にお参りするべき?

赤ちゃんは女性の側だけでできるものではありません。
授かったのちに流れてしまった赤ちゃんとは父親にも深く関係があるでしょう。
ですから本来の水子供養は父親と母親がそろって行ったほうが良いものです。

とは言え、父親である男性が水子供養に非協力な場合もあるでしょう。
そういう時は母親だけで水子供養をしても構いません。

まとめ

本文の冒頭でも書きましたが本来日本には水子供養という風習はありませんでした。
また仏教の教義でも、生まれなかった子供が悪霊になって祟るという考えはありません。
もしも水子を供養しないと祟りがあるといって脅かすような霊能者や宗教施設があったら、それは赤ちゃんを流してしまった罪悪悪につけこむ悪徳商法だと考えてよいでしょう。

しかし一方では生まれるべき赤ちゃんを自分の都合で、あるいはやむを得ないトラブルで流してしまったという後悔や罪悪感を抱く人が多いのも事実です。
水子供養は本来そのような自分の罪悪感などを洗い流してくれるためのものなのです。
したがって、生まれなかった赤ちゃんに対して申し訳ない、可哀そうなことをしたという気持ちが安らぐような方法で水子供養をすればそれで十分でしょう。